たずねる我が子の死を知って泣き伏す母
ようやく船に乗る。
船の作り物は出さない。
我が子の声が聞こえ、姿が見えてくるのだが、駆け寄る母の期待も虚しく子供の姿は消えていく。
はじめは他人事のように思った話が、我が子のことではないかと気づいた一瞬の母の心理・・・・ほとんど確信しながらもわずかな希望を抱きつつ、子供の素性を尋ねる母の姿・・・無残に打ちのめされて動揺する姿・・・人間ならばいつか愛する者との別れは必ず訪れます。全ての人々に共通する悲しみを凝縮しているようです。イギリスの人が、この『隅田川』を元にして、『カリュ―・リバー』というオペラを作っていますが、「母子の絆」は万国共通のテーマなのでしょうか

『隅田川』

▽登場人物 <シテ> 梅若丸の母 
             
         《面〔おもて〕》 “深井”
 

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《雑感》

《主なあらすじ》

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世阿弥の長男、観世十郎元雅の作品。失われた子供を尋ねる5つの“狂女物”のうち、生きてめぐり合えないのはこの曲だけです。大念仏に加わって「南無阿弥陀仏〔なむあみだぶつ〕」の声の中に、我が子の声を聞きつけた時のなつかしさと、その幻を追ってつかみえない虚しさが、私達観客の感情を縛り付けて・・・涙をさそいます。
▽見どころ

能曲目解説

自分の一人息子を人買いにさらわれた母は狂女となり、東国にに連れて行かれたという噂を聞き、心乱して隅田川までたどりつき、川の渡し守に乗せて欲しいと頼むが、船頭は「ここで面白く狂ってみせたら、乗せてやる」と言う。女は、『伊勢物語』の一節を引用して子を思う心を訴える。船頭は哀れに感じて乗せてやる。

舟で川を渡ると、大勢の人たちが念仏を唱えて供養をしている。女が、何事かと尋ねると、ちょうど一年前の3月15日に人商人に連れらてきた子供が、この場所で慣れぬ旅の疲れから病に倒れて置き去りにされ、命を落としたので哀れに思った村人達がその供養として念仏をあげているという。船値が対岸に到着すると、女はそれが自分の探している我が子梅若丸だと知って嘆き、泣き伏す。
船頭が同情し、女をその子の塚に案内すると、女は人々と共に念仏を唱える。そのうちに、女のには我が子の声が聞こえ、姿が見えてくるのだが、駆け寄る母の期待も虚しく子供の姿は消えて、草の生い茂った塚が残るばかりだった。   

《主な場面》

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